具体的に考える
今朝のニュース
まずはこちらの記事を読んでみてほしい。
人の言葉を理解し、自分の力とすることは本当に難しい。
上の記事を読んで考える言葉の中に、「出る杭は打たれる」という言葉があるだろう。
どのような思考経路をたどった時、本当に「出る杭は打たれる」という言葉を自分にとって有用な形で消化できるのであろうか。そのゴールはどのように設定できるのであろうか。
「日本は出る杭を打つ文化だ、よくない」と考えても何の役にも立たないことは明白だ。具体的にどのような状況で発生するのか、その状況に自分はどのように関係することになるのか、可能性を具体的にイメージしていかなければならない。
日本特有のものでよくない、とレッテル貼りして終わるわけにはいかない。
文中で注目したのは、幼い頃の伊藤選手が練習場で他の子や風習と違う形で練習をしていた際、コーチが「最初は注意しようと思った」という部分である。
恐らくこのコーチは自然と「注意した方が良いのでは」と考えたであろうし、そこに伊藤選手の足を引っ張ろうという意図は当然なかったはずだ。
出る杭を打つというと、自利のため意図的に他人の足を引っ張るというネガティブなイメージを持つが、このように無意識的に人の可能性を狭めている場合があるということを学ぶ。
そして更に思考を進めて、自分も無意識的にそのような思考をしている、もしくはする可能性があるのではないかと、特定の場面を具体的にイメージする必要がある。
この無意識こそが社会の「風潮」と呼ばれるものであり、自分が無意識にどのような行動を取っているのか、意識しなければならないのである。
無意識を意識するために、自分の頭の中で考えることは当然ナンセンスである。それは無意識なのだから。
だから人と話すとき、情報に触れるとき、そこから問題点を抽出し具体的に考えなければならないというのは自分の無意識に気付くというメリットがあるからなのである。
いわゆる「共感」というものに近いのかもしれない。
具体的に考え、情報を自分のものとすることは、普段のコミュニケーションで人と円滑に意思疎通をする上でのトレーニングになるというメリットもある。